生島治郎『眠れる意識を狙撃せよ 生島治郎の誘導訊問』双葉社 1974年11月刊

2013年6月に読んだ本。

生島治郎『眠れる意識を狙撃せよ 生島治郎の誘導訊問』双葉社 1974年11月刊。

https://bookmeter.com/books/1420744

http://www.amazon.co.jp/dp/B000J96L50

『小説推理』に連載された対談集。

野阿梓さんが SNS の日記で紹介していて読んでみたいと思い、福岡市総合図書館は所蔵していないので宮崎県立図書館から取り寄せてもらいました。

生島治郎 1933-

五木寛之 1932-

小松左京 1931-2011

都築道夫 1929-2003

丸谷才一 1925-2012

田村隆一 1923-1998

高木彬光 1920-1995

結城昌治 1927-1996

の八人による四十年前の対談は、今読んでもとても面白い内容でした。

丸谷才一 萩原朔太郎の詩を中学二年のときに読んで、えらく感動したな。そのときに、つまり小説、文学というものは、言葉の扱い方なんだということがわかったことが、後年なにか、あのジェームス・ジョイスを読んで面白がるということとつながったと思うんですよ。」

p.131 ロマンの心を呼び戻せ

「丸谷 自分の属している共同体のために書くものこそ文学の最高の形だというふうに考えれば、そのときに『梁塵秘抄』と『新古今集』との間には差はなくなるわけよ。ただ『梁塵秘抄』に比べて『新古今集』のほうが少し文学的に高級だという感じ、これはあるよ。しかし『新古今集』の最良の部分は『梁塵秘抄』によって生きているという面があると思うんですよね。だから共同体のために書く文学の伝統が襲いかかってきている一人のメディアつまり巫子というのがいて、その巫子が自分の属している共同体のために語る、それが文学なんだよ、ぼくにいわせると。ぼくはそういう気持ちで『たった一人の反乱』を書きましたね。」p.151

「話は二十年近く前にさかのぼるが、当時わたしは早川書房から出てゐた「エラリー・クインズ・ミステリ・マガジン」(略称EQMM)といふ雑誌で、毎号、新刊の翻訳探偵小説を一つ取上げて論じてゐた。その文章のなかで、あるときチャンドラーの『プレイバック』(清水俊二訳)を、「EQMM」編集長、小泉太郎にすすめられて取上げ、私立探偵マーロウについてかう書いたのである。

マーロウは、「あなたのようにしつかりした男がどうしてそんなに優しくなれるの?」と女に訊ねられたとき、かう答える。「しつかりしていなかったら、生きていられない。優しくなれなかつたら、生きている資格がない」

わたしのこの文章によつて、マーロウのこの台詞はたちまち名声を確立した。まづ「EQMM」編集長、小泉太郎がこの文句にすつかりいかれてしまひ、その結果(ここのところがちよつと飛躍してるけれど)早川書房をやめてハードボイルド専門の探偵小説作家、生島治郎になり、そしてハードボイルドとは何かといふむづかしいことを論ずるたびに、何度も何度もこれを引用した。

さらに、当時はまだ彼の奥さんであつた女流探偵小説作家、小泉喜美子もまた(夫唱婦随だつたのか、婦唱夫随だつたのか知らないけれど)この引用句を熱愛し、探偵小説論、男性論、女性論、恋愛論、人生論と何を論ずるに当つてもこのマーロウの台詞を引き合ひに出した。

片やわが国ハードボイルドの代表者である美男、片や女流探偵小説家中、屈指の美女にしてかつ才媛。この二人の影響力はすごかつたね。なるほどイカす、と感心して、いろんな人々がこれを引用した。」

丸谷才一角川映画とチャンドラーの奇妙な関係」『週刊朝日』1978年10月20日号

『遊び時間 2』中公文庫 1983.6 p.63

『快楽としてのミステリー(ちくま文庫)』2012.11 に再録。

読書メーター 丸谷才一の本棚(刊行年順)

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